30代からの挑戦の場として、日本を選んだ―『Worklife In Japan』ディレクターEthan Wangさん
29歳で来日し、現在は中国系化学専門商社で働くEthan Wangさん。日本では転職活動を3回経験され、滞在歴は8年目になります。プライベートでは日本最大級の台湾人向け日本就職情報プラットフォーム『Worklife in Japan』の共同運営をされるなど、情報発信を積極的に行われています。そんなEthanさんに、日本での就職にまつわるご経験についてうかがいました。
――日本で暮らされて何年目になりますか?
Ethanさん:2012年から滞在して8年目です。当時、台湾ではアメリカやカナダが人気だったので、日本に留学申請をするとすぐに受け入れてもらえましたね。大学は国立中山大学で生物化学について学び、国立台湾大学医学部大学院でうつ病の治療法や原因について研究しました。卒業後は台湾にある医学生物研究用製品の代理店で3年半働きました。そして、29歳の時に来日して現在に至ります。
――日本に行こうと思われたきっかけについて教えて下さい。
Ethanさん:30代を目前にして「このままの人生を続けるのだろうか」という漠然とした不安を抱くようになったことがきっかけです。私は人生を10年ごとに区切って考えていて、0歳から10歳までは両親との愛情関係を育むこと、11歳から20歳までは学校で学んで友達を作ること、21歳から30歳までは学んだことを活かして働くこと、というテーマで生きてきました。
台湾は小さな国なので、チャンスがあれば海外でキャリアを積みたいと考えている人は多いと思います。私自身もそうで、30歳からの10年を考えた結果、「人生を後悔しないように海外で挑戦しよう」と決意し、台湾から近い日本と中国を候補に挙げて、中国語はすでに話せるので日本語を学んだ方がより成長できると思い、日本を選びました。
――来日後はどうされたのでしょうか。
Ethanさん:まずは日本語を学ぶために、高田馬場にある東京国際大学付属日本語学校で1年間勉強しました。学費が高かったので半日コースにして、午後は居酒屋のアルバイト、夜は当時住んでいた田無の市役所で、定年を迎えた人たちがボランティアで開催する日本語を学ぶ会に参加していました。
おじいちゃんおばあちゃんたちは本当に良くしてくれて、「勉強頑張ってね」と、みかんやスイカをおすそ分けしてくれたり、週末にはピクニックに連れて行ってくれたりと、本当に楽しかったです。今は都内で便利な暮らしをしていますが、色んな人たちの優しさに触れながら生活していた1年目の思い出は、最高の宝物ですね。
来日して半年が経つ頃に、このままだと資金が底をつきそうだと思って居酒屋のアルバイトに加えて不動産屋のアルバイトを始めました。台湾人富裕層に向けて日本の不動産を売る仕事で、スタッフは全員台湾人。真面目に仕事に取り組んでいると、社長から新しい部署を立ち上げるので社員として働かないかと声をかけられました。
ちょうど日本語学校を卒業後に働く場所を探していたのですが、大学で学んだ知識を活かせる仕事をしたくて断りました。でも、日本での学歴がなく、日本語レベルも十分でない私が仕事を見つけるのはとても大変です。就職活動方法すら知らなかったので、台湾式で書いた履歴書を気になる会社のホームページのお問い合わせから直接応募していました。
合計30社に応募して何社か面接を受けさせてもらえたのですが、採用はされず。その状況を知った不動産屋の社長から、「日本語をもっと上達させてから他の仕事を探したほうが良いと思うから、まずは1年間働いてみないか」と言われ、不動産屋の仕事をすることにしました。
――実際に不動産屋での仕事をしてみていかがでしたか?
Ethanさん:配属されたのは賃貸管理部門で、私以外に日本人の先輩がふたりいました。私は電話対応をしていたのですが、電話が鳴ったら1コール以内に出なさいと言われていて。いざ電話に出ると、相手の日本語が早くて内容が全然聞き取れず、「もう一度お願いします」と何度もお願いしていました。「日本語ができる人に変わってもらえますか」と言われたことも。
両隣に座っている先輩たちが私の会話を聞いているので、常に緊張状態。でも、この経験のおかげで日本語での電話やメールに自信を持てるようになったんです。また、語学学校に通っていた1年目は日本語上達のために台湾人の友人を作らないようにしていたので、2年目は台湾人の友達がたくさんできて楽しかったですね。
友達に転職方法を教えてもらい、Linked inや転職エージェントを利用して、1年3ヶ月後にアメリカ発のアプリ開発会社に転職しました。ここでは不動産の管理アプリを開発していたので、前職での経験を活かせると思ったんです。面接に行くと、担当者の方から「あなた面白いね」と気に入ってもらい、その場で社長と繋いでもらえることに。社長と話をすると「来週から来て」と言われ、海外の不動産オーナーにアプリを利用してもらうための営業部門を担当することになりました。ここでは半年間在籍し、ベンチャー企業の経営方法について学ぶことができました。
――半年で退職された理由について教えて下さい。
Ethanさん:自分の仕事が終わっていても上司より先に帰れず、仕事の拘束時間が長かったことが大きな理由です。上司は香港人だったのですが、私がいくら早く出社しても上司は11時から仕事を始めるので、結局上司の仕事が終わる終電近くに帰っていました。この状況が辛くて転職したかったものの、転職活動の時間すら作れないのでまずは退職することに。
3ヶ月間無職となり、失業申請をハローワークでしました。転職期間中は1年目にアルバイトをしていた居酒屋でまたアルバイトとして雇ってもらい、友人の紹介で現在の会社に就職して5年目になります。
――現在働かれている会社ではどのような仕事をされているのでしょうか?
Ethanさん:化学製品全般を扱う中国系商社で化粧品の担当をしています。社員は中国と日本拠点を全部合わせて500人ほど。中国人の上司は仕事人間なのですが、前職の時と違って「会社は会社、私は私」と線引きができているので、仕事とプライベートのバランスを取って働けています。
――これまで何社も経験されていますが、なぜ今の会社では長く働けているのでしょうか?
Ethanさん:確かに今の会社では長期間働いていますが、それぞれの会社で学べたことがあったので、年数は重要でないと思っています。1社目は日本語でのビジネスマナーやメールや電話のやり取り方法など、2社目は日本のベンチャー企業の経営方法について、3社目は中国人とのビジネスの進め方や中国市場について詳しくなりました。
今の会社では、自分が学んできたことを活かして仕事をしているので、まさにこれまでの集大成。現状に満足はしていますが、日本にこだわってはいないので、次はヨーロッパなどで働いてみたいです。28歳で次の10年のプランを考えたように、今私は37歳なので、次の10年をどう生きていくかを考えています。
――現在のお仕事の他にも、『Worklife in Japan』というメディアも運営されていますよね。
Ethanさん:『Worklife in Japan』は、日本で働くことに興味がある台湾人に向けて情報を発信しているメディアです。7年前に日本で働くふたりの台湾人によって立ち上がり、私は6年前から参加しています。最初は創設者と私の記事が中心でしたが、今は在日台湾人の人たちが書いた記事を掲載するプラットフォームになっています。記事を書く人は、必ずしも成功者である必要はありません。私たちはこのプラットフォームをすごい人たちの集まりにしたいわけではなく、人間味のあるストーリーを持っている人たちの場にしたいですね。
――7年間日本で暮らされてきて、どのような印象を日本に持っていますか?
Ethanさん:日本では年齢によって「こうするべき」という抑圧が強いと思います。このくらいの年齢だったら結婚しているべき、子どもがいるべき、家を持っているべき……といった社会からのプレッシャーを男女共に強く受けているのではないでしょうか。そのため、レールから外れることを恐れ、同質的になりがちです。
私の友人のヨーロッパ人は、「年齢ではなく、自分自身が何をやりたいかが一番重要だ」と言っていましたが、その通りだと思います。私は仕事人生が後半戦に入るので、後悔しないように「自分のやりたいこと」を突き詰めていきたいですね。
――現在、台湾人材を採用したい企業様が増えていますが、台湾人材のマネジメントに関して何かアドバイスはありますか?
Ethanさん:3つあります。ひとつ目が、日本語学習の支援です。日系企業では日本語能力を求められる場合が多いと思うのですが、日本の少子高齢化によって日本語を使う人たちが減るため、言語ツールとしてのメリットは実は少ないです。円滑なコミュニケーションのためには言葉の理解は重要なので、外国人社員の日本語学習支援はぜひしていただけると嬉しいです。
ただ、日本語を流暢に話せると、今度は外国人でであっても日本人扱いをされて困ることがあります。たとえ日本語を話したとしても、外国人社員の持つ文化的背景や経験を考慮してほしいですね。
ふたつ目は、日本人は礼儀正しくて他人を配慮する習慣があると思うのですが、何かを相談する際に「曖昧な伝え方」と「遠回しすぎる交渉」が多いので、はっきりと物事を伝えてほしいです。8年間日本で働いている私でも、時々指示内容が理解できず、誤解が発生したりスピード感を持って仕事を進めなったりする場面が発生します。
日本の職場には色々と見えないルールがあったり空気を読んで行動しなくてはならない場面があったりと、とにかく曖昧さが多いので、そういった側面をなくしてほしいです。
最後に、日系企業は外国人を採用しても「日本人化」を求めるような傾向があると思うのですが、せっかく異なる背景を持つ人同士で働くのだから、お互いを理解し合って足りないところを補うような関係性を作れればよいのではないかと思います。
【プロフィール】
Ethan Wangさん
Worklife in Japan ディレクター
台北出身。国立中山大学生物科学部専攻卒。国立台湾大学医学部大学院神経科学兼遺伝子生理学専攻を卒業後、台湾で医学生物研究用製品の代理店で営業を担当し、29歳の時に来日。日本語学校で1年学び、台湾系不動産会社と米系ベンチャー企業に勤務。現在は中国系化学専門商社で新規原料供給と開発、アジア圏の顧客アカウント管理を担当。プライベートでは、日本最大級の台湾人向け日本就職情報プラットフォーム『Worklife in Japan』の共同運営や、自らのブランド「Fun Fun Stuff」を立ち上げ、podcast配信や記事執筆などを行う。趣味は銭湯と秘湯探索、スノーボード。今後の夢は、日本以外の国で働くことに挑戦すること。